『くだんの件』<KUDAN PROJECT>
 私、もうほとんどおっかけ状態となっております。
 少年王者館の天野天街作品の。

 今回観たのは「くだんの件」というお芝居。「件」と書いて「くだん」と読みます。「件の如し」と言う時の「くだん」です。
 中国地方の山間部の伝説に、クダンという頭が人で身体が牛の牛から生まれる生き物がいて、出生の直後に戦争や飢餓等に関する
予言を残して間もなく死にますが、その予言を残して間もなく死にますが、その予言は的中すると信じられていました。
 太平洋戦争末期にもクダンが現れ、戦争の終結が近いことを告げたといいます。
 この「くだんの件」では、この伝説に想を得てつくった天野天街氏の奇想天外な二人芝居なのです。

 夏のある日、一人の男(仮にAとします)の元にここでクダンを飼っていたという男(仮にB)が現れます。Aの男は何かの店をやっていますが一見、何の店なのか判然としません。
 ただ、店のつくりは古ぼけた日本家屋で、大きな台が中央にあり、まわりは障子で囲まれ下手には観音開きの窓が一つあります。天野天街作品の世界を構築する重要な要素の一つが舞台美術にあるのですが、それは日本人の原体験を呼びおこさせる様な郷愁をそそる日本の建築物なのです。
 土蔵、白かべ、町屋づくり、ふすま、障子、畳、格子戸、それらはすべて必要な道具だてです。

 そして、これまでに観た「真夜中の弥次さん喜多さん」「こくう物語」と同様、今回も思わずうなってしまったのはその卓越した演出です。その特色はー

(1) 時折、演技空間を切りさくスライドを使った砂嵐とその音。これは天野天街氏のオハコともいっていい手法です。役者と共に劇的世界を回遊し始めた観客の心理に、いきなりピリオドを強く打ち込んでくる様な衝撃的な効果があります。
 これを要所要所に仕掛けてくる為に心地よい緊張感みたいなものが生まれてくるのです。

(2) 思わぬところからタイミング良く出現する小道具の数々。
 役者の程良い“間”の部分で意外な所(カベの穴とか)から出てくる意ひょうを突く出道具の数々。それらは単なるコップでも、増殖するコップであったりします。
 すなわち、生活上の何でもない日用品が、役者の口から出る天野天街氏の紡いだ言葉と共にその世界に寄与するものの一つ一つとなるのです。

(3) 偏質的なまでの台詞のリフレイン。
 これもハンパなリフレインではありません。気の遠くなるような言葉としぐさのくり返しなのです。終いには、その数をかぞえるのも放棄する程なのです。しかし、目の前で同じことをくり返す役者を凝視していると不思議な感覚に没入していくのです。
 それこそが天野氏の目論んでいることかもしれません。まるでデ・ジャブの様な、あるいわ夢幻の境地に誘われるというか、とにかく快感となってくる不思議な体感といえます。

 あと、俳優のことについてもふれておきたいと思います。
 この二人芝居、Aを小熊ヒデシ、Bを寺十吾という方達がやっているのですが、このお二人初演の95年の東京・名古屋公演から台北、広州、釜山等の海外公演を含めてこれまでに多数の公演回数を重ねて来ただけあって、息はピッタリです。
 そしてこのお二人は、私が初めて出会った天野作品「真夜中の弥次さん喜多さん」のお二人でもあります。小劇場、二人芝居ベストプレイヤー賞なんてものがあったら優勝まちがいなしでしょう。

 さて、「くだんの件」のパンフレットの文句には、『イメージを果てしなく増殖させ、その果てにさらに大きなイメージを結実させる独自の重層的作劇術が遺憾なく発揮・・・』とあります。
 以上のような結実を見ているのも、出演者お二人の長年の熟練した演技があってこそと推察されるのです。

2005年2月1日(火)観劇

 

<KUDAN PROJECT>
公演日時:2005年1月26日〜2月1日 横浜相鉄本多劇場
作・演出:天野天街

○次回予告○
「真夜中の弥次さん喜多さん」
2005年3月10日〜13日 大阪公演 精華小劇場
2005年3月18日〜21日 名古屋公演 西文化小劇場

「百人芝居ー真夜中の弥次さん喜多さん」
2005年8月第2週 愛知勤労会館

 

 

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