『こくう物語』<少年王者館>

 少年王者館の主宰にして、全作品の作・演出をつとめる天野天街ーこの人やはり只者ではありません。ー奇才です。
 以前にも紹介させていただいたこの名古屋の演劇人〜というだけでなく、他にも漫画、デザイン、エッセイ、映像等、多岐にわたる才能を持つ彼の作品に触れれば触れるほど、多くの人がその世界の虜になるというのは良く理解できます。
 今回の「こくう物語」を観て、私も益々ハマってしまいました。

 天野氏の芝居は、ある設定の中で主人公がいていろんな共演者と関係を持ちつつ話が展開し、クライマックスを経て幕となる。と、いうようなものではありません。舞台というライブでありながら、それはさながら映画のフィルムの一コマ一コマを観ている様でもあります。

 まず幕前から“虚を突かれる”というのでしょうか。客席につき諸注意の場内アナウンスが始まって、こちら側がまだ芝居が始まらないからとちょっと油断をしている心の状態の時に、突如として始まったのです。アナウンスの声をひきさいて、天街ワールドが。正に“虚を突く”です。
 いきなり舞台上に現われるのが、童子、童女風といったらいいのか、そんな人々がいきなりあふれ出ます。

 そして彼らは一斉に語り始めます。いや、語るというよりも詩をうたい上げるといった方がふさわしいでしょう。こちらの耳に入ってくる言葉は断片的で、頭の中で意味としてつながりませんが、五感でとらえればそれは大変に陶酔的でなつかしくさえ感じるものです。

 そして舞台前面にはいつしか、ひざ小僧を出した平吉という少年と鳥打ち帽をかぶった大人の男がすわっています。
 川端康成の小説に出てくる、大正、昭和初期の時代の住人の様でもあります。
 童子、童女達のにぎわいから一転、いす暗い闇の中で始まる二人のささやくような声は、耳をすましてようやく聞きとれる程です。

 そんな二人の芝居に引き込まれたと思った刹那、再び場内が明るくなり、舞台上の二人は闇の中に。アナウンスが再開されます。
 と、それを聞いた途端に場内再び暗くなり、さきほどの二人が語り始め、町屋造り風の家屋の格子戸や二階の窓から再びあふれ出す童女達の芝居に、こちら側オットットとまた観る態勢を立て直すといった具合なのです。

 さらに照明のフラッシュ効果で目撃するシーンが一転、昔の古いフィルムを観ているのかと錯覚してしまったりしますが、これは幻想的世界の構築に大変寄与しています。
 そして特徴的なのが偏質的とも思える台詞の、あるいはシーンのリフレインです。
 とにかく、これでもかというばかりに同じ言葉、同じ動作、同じ場面がくり返されるのです。この際限のない同じ言葉と同じ動きを見続けることは、観客にとってもはや鑑賞しているレベルではなく、正に世界を実体験していることだと私、身をもって感じたのでした。
 くり返される中で役者が感じていくカタルシスに、観る側もいつしか同調していくのです。
 演劇の源が祭礼であるならば、天野天街の演出は多分に“祭的”でもあるように思えたのでした。

 ことほど左様に、以下二時間ほど虚と実をとりまぜた夢幻の時間を楽しむこととなるのです。また、天野天街の芝居には踊りもあります。群舞ですが、これが非常に独創的な型であり動きであり、振り付けなのです。
 したがって彼の舞台は彼の脳内を具現化したミュージカルともレビューともいっていいかも知れません。

2004年10月22日(金)観劇

<少年王者館>
公演日時:2004年20日〜24日 下北沢ザ・スズナリにて
脚本・演出:天野天街

○次回予告○
「夢の肉弾三勇士」
2005年3月 スペース早稲田

「タイトル未定」
2005年11月 ザ・スズナリ

 

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